経営理念

酵母

私たちは
 社会の最小単位である
   
家族のしあわせ
         
に貢献します


Sachi からのおくりもの~ 生酵母商品を提供し、心・美・体を支えます

 *Sachi からのおくりもの とは?

      元々は木曽の山奥から持ち帰った自然の恵みであり、天然の幸

      そして、すべての人々にその幸=しあわせをおとどけしたい

      そんな思いを込めて名づけました
  

「美」と「健康」が「心」の状態に少なからず左右すること
また、、「心」の状態が穏やかであれば「体」も、そして「美」も伴ってくる
そしてそれが、「しあわせ」と深く関係しています
まずは、社会の最小単位である心のよりどころ、「家族」が「しあわせ」であること
そして、その「しあわせ」が社会へと広がっていくことを願っています。

代表挨拶

私は幼い頃、身体が弱かった経験から心身ともに健康な生涯を送るためには栄養が第一であると思うようになり栄養学を学びました。卒業後、栄養士として病院、学校、大手電機メーカーの工場や事業所などの栄養指導、給食管理に従事しましたが、その集大成として1970年頃から多くの皆様と共に健康で一生を終えるための実践活動を続けてまいりました。丁度その頃から、生活習慣病の予防運動が始まりました。そして、生酵母に出会い、まず自分の家族で使ってみて、また、ご利用されている方々の「変化」に、生酵母の持つ「力(チカラ)」にすぐに引き込まれ、「生酵母を食生活に取り入れよう!」と普及活動をして参りました。

2009年、101歳で亡くなった母は、それまで長年生酵母を愛用し、亡くなる直前まで身の回りのことは自分で行い、食事も含めて普通に生活をしていました。
 (写真右上:100歳の頃の母)


 


また、晩年テレビや新聞に再三取上げられ101歳でお亡くなりになられた「伝説の灘高国語教師」橋本武先生は、生酵母SKの愛用者で、直前まで源氏物語や万葉集などの講師を元気になさっておられました。いつも、お会いするたびに「生酵母のおかげです」とおっしゃってくださり、
「灘高・伝説の国語教師」(宝島社)や「100歳からの幸福論」(牧野出版)など多くの著書の中で生酵母のことをご紹介して下さっております。そして巻末の「自分史いろはカルタ」のなかで「な・生酵母愛飲続けて60年」と詠ってくださっています。
私自身も80歳も半ば(昭和7年生まれ)になりましたが、今でも時々仕事場へは約2㎞の道を歩いて行きます。
実体験として、生酵母はすばらしいものであると確信しております。
それに加え、適度な運動、十分な休息(睡眠)、バランスの取れた食習慣を身につけることこが大切であると常々感じております。
皆様と共に、健康な生活を過ごせるよういつも願っています
              
代表 後藤 順子



橋本先生が大動脈解離という大病をされたときのエピソードを「酵母物語」としてご自身で執筆、製本・発行されていた「折々のうた」の中で、お書きになっておりますのでご紹介させていただきます。

 

  「酵母物語」はこちら
                   


沿革

 

1942年     当所創設者故川上三郎が立命館大学在職中、岐阜県の深山に

      「肺病に効く」と言い伝えのあった猿酒について調査・研究を始め、

      後の生酵母SKの元種となる酵母菌の培養に成功

1950年頃  京都市左京区に食物研究所を設立 この培養液を試験的に飲用し

                ていた人達に熱烈に請われ、会員向けに生酵母SKの製造、販売を

                開始。同じ頃、栄養指導や健康食についての勉強会を開始

1982年    宝塚市平井に 食を考える会 食物研究所を移転

1985年    食を考える会 食文化研究所に改名

2002年    宝塚市美座に食を考える会 食文化研究所を移転